ヨルダン・ケバブ

今年3月末にヨルダンへ訪問しました。

私が専門委員会として関わっている国際NGO(日本国際ボランティアセンター、以下JVC)において、イラクのNGOとミーティングを行なうためです。本来であればイラクへ出張する予定でしたが、昨年の9月に実施されたクルド自治政府(以下、自治政府)での住民投票の一連の流れで入国が不可能となり、代わってアンマンで会議を行いました。日本のメディアでも大きく取り上げられたこの住民投票と武力衝突の背景について、ヨルダンのシリア難民の状況についても触れながら状況を解説したいと思います。

 

2017年10月16日、イラク北部のキルクークで局地的な武力衝突が起こり、イラク軍は油田、発電所、基地など主要施設を制圧しました。翌日17日、プロジェクト実施する現地パートナーNGO、INSANの代表アリー氏から「昨夜の攻撃は本当に怖かった」と、普段「怖い」という言葉を使わない彼がこのような表現で連絡をしてきたことから緊迫した様子が伝わってきました。その後、数万人の市民がバスなどで市内を離れ、アルビル市などへ避難したそうです。この衝突の背景には、昨年9月25日に自治政府において実施された、イラク中央政府からの分離独立の是非を問う住民投票の実施があります。中央政府をはじめ近隣国や米欧の反対を押し切って実施されたこの住民投票に対して、中央政府は投票そのものの無効化を要求、自治政府の経済的な生命線である原油生産拠点(埋蔵量は1150億バレルで世界第3位、イラク国内で最大)を軍事的に奪い締め付けを強めました。

 

住民投票が行われる約1ヵ月前の8月末、私は子どもたちを対象とした平和教育プロジェクトの視察のため、INSANの事務所を訪問しました。選挙を約1ヵ月後に控えた街にはキャンペーンの広告などがあるわけでもなく、以前訪問した時と変わらない落ち着いた様子をみせていました。今回の衝突の情報を聞いた時に、訪問時の雑談の中で、INSANスタッフのラミアさんが「この後、キルクークで何か起こる気がする」と 不安混じりに言っていたことを思い出しました。

 

INSANの事務所で行われた子どもたちを対象とした平和教育

 

自治政府の財政はイラク中央政府からの歳入に頼る部分が大きく、中央政府の歳入の約12%が毎月自治政府へ送金されてきました。自治政府は07年頃から域内の油田を海外の石油会社に開放するなど本格的に油田開発を開始、13年の末にはトルコ政府の支援を得てトルコ経由地中海向けのパイプラインが完成しました。中央政府が管理しないところでイラク産の石油が国際マーケットに供給されてしまうため、中央政府は翌14年、自治政府への制裁措置として予算送金をストップしました。自治政府の歳入はこの送金が8割を占めていたため、大きな影響を受けました。さらに同年6月以降はイスラム過激派(いわゆる「イスラム国」) の影響から自治政府に流入した国内避難民(以下IDP)は約 100万人以上になりました。この急激な人口増加は受入地域の上下水道や電気等の公共インフラを逼迫させ、家賃や交通費を含む物価を高騰させました。IDPのふりをして市内に侵入する戦闘員に対する治安上の強い警戒感から、IDPと地元住民の緊張が高まりました。中央政府からの送金停止、「イスラム国」の脅威、また同時期に進行していた国際的な原油価格の下落からク自治区の経済は大打撃を受けました。自治政府は対策として、中央政府に石油の開発権を引き渡すことと引き換えに、再度予算配分を得るという政治合意を結びました。しかし、引き渡した石油量と中央政府からの送金額を巡って諍いが絶えず、半年もせずにこの合意は破棄されてしまいした。原油価格が現在も下げ止まったままの状況を考えれば、中央政府から の送金があったとしても財政赤字は止められず、自治政府は「持続可能」な経済構造を構築する必要に迫られています。その後自治政府は公務員給与を15%〜70%カットすることで、給与支出25%も削減しました。前述のアリー氏の妻ジュワンさんはキルクーク市の東にあるスレイマニア市の大学で公務員として働いていますが、580ドルの給与のうち285ドルしか受け取れていないと言います。スレイア市内ではこの給与減額に対してデモが頻繁におきており、ジュワンさんも同僚とストライキに参加したそうです。彼女は「汚職や賄賂も多い。多くの公務員の給与が出ておらず、キルクークを含めて自治政府では 経済が回っていない。私たちにとって財政的負担は死活問題だわ」と話してくれました。

 

INSAN代表のアリー氏

 

武力衝突後、国際線がストップしたことから、イラクの代わりにヨルダンでミーティングを行いました。ヨルダン王国は人口645.9万人。うち200万人はパレスチナ移民だといわれます。非公式の失業率は30%(公式では11%)になり、止まらない難民の流入が大きな問題となっています。シリア内戦以降、人口が急激に増加してアンマン市内も車がごった返しており、交通渋滞がとんでもありませんでした。シリア難民はワークビザが与えられていないため、仕事が出来ずに死活問題です。空港からゲストハウスに送ってくれた友人のシリア難民であるサミールさんはそう嘆いていました。このシリア難民は約150万人にもなります。1999年に即位した国王アブドラ2世は、預言者ムハンマドも属していたハーシム家の43代目にあたり、日本にも11回来日しています。ヨルダンは世界遺産のペトラ遺跡で有名ですが、死海で有名なことは意外に知られていません。私も死海に行って浮かんでみました。写真で目にする綺麗なビーチはパレスチナ側でヨルダンの無料ビーチの海水は真っ黒で浮かんでも心地よくはありませんでした。

 

ヨルダン側の死海

 

しかし、宿泊したゲストハウスのご主人ラジャイさんが、死海を望む別荘でケバブパーティーに招待してくれました。そして彼の可愛い娘さんが私にケバブの作り方を教えてくれました。今回はイラクに入国出来ませんでしたが、ケバブの作り方を学べるという意外な収穫がありました。

 

ラジャイさんの娘さんにケバブの作り方を教えてもらう

ケバブをはじめマスグーフなどイラクの料理を食べに行くため、観光客がイラクへ自由に渡航出来るようになるくらい、早く治安が安定し、イラクが平和になる日を祈っています。

(この内容は東京税理士会芝支部報 No.371 Sep.2018に掲載された文章を一部改変して載せています)